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行政書士の野積です。

いつもブログをお読みいただき、
ありがとうございます。

今年もいよいよ師走。
あっという間の1年だったような、
そうでもないような。。。

寒い日が続きますので、
お体、ご自愛ください。

■情けは人のためならず。。についてのテツガク的考察

「情けは人のためならず」の意味を、
若者に問う番組がときたまあります。

ネットで調べてみたところ、何とあの文化庁が、
この言葉の意味をどうとらえるかについて、
アンケート調査(平成22年度、「国語に関する世論調査」)を
行なっていました。

で、そのアンケートの結果ですが、以下のとおりです。

(ア) 人に情けを掛けておくと,巡り巡って
結局は自分のためになる・・45.8%

(イ) 人に情けを掛けて助けてやることは,
結局はその人のためにならない ・・ 45.7%

これは、全世代平均ですが、ほぼ半々になっています。

年代別にみると、50代までは(イ)の意味にとる人が優勢、
60代になると(ア)の意味という答えが多くなります。

もちろん、正解は(ア)です。

なんだか世代によるテツガクのちがい、
という感じもしないではありません。

(あえて、テツガクと言ってるのは、内容が軽くて
哲学というにはおこがましいので、、、)

文章が「人のために!ならず」となっていれば、
その意味は明らかに(イ)ですが、「ためならず」が
紛らわしいのでは、と文化庁はコメントしています。

ここまでは、文章の作り方の問題となっていますが、
文化庁としてもそれ以上の踏み込みはできなかったのでしょう。

さて、ここからが本題です。大事なのは、
「情けは人のためならず」は、本来の意味で真実か?
という問いです。

自分のことでさえ、手一杯なのに、他人のことまで
気にかける余裕はないよ、とか、周りは皆んな競争相手だから、
油断なんかしてられないよ、とか。。。

もし、この考え方のほうが真実なら、「情けは人のためならず」
というテツガクは「嘘」、ということになります。

私たちは、この嘘のメッセージを、延々と
言い伝えていることになりますね。

では、これからは「情けは人のために!ならず」で
いくことにしましょうか。

これで、スッキリです。

でも、本当にスッキリしましたか??

なんだか、モヤモヤしていませんか。

そのモヤモヤ、実は私たちが住む世界というのは、
「情けは、結局のところ自分に巡ってくる」という
システムになっている。

人間はそのシステムの構成要素だから、無意識のうちに、
この世界は「情けは人のためならず」というルールで
動いていることを感じているのではないでしょうか。

では、そのテツガクは真実だとして、私たちは、
そのテツガクを本当に信じることができるか、
ということが次の問題になります。

皆さん、ご存知のとおり、松下幸之助、本田宗一郎、
井深大など名だたる創業者の足跡を学んでみると、
その根底にあるテツガクは「人の役にたつものを提供したい!」
という強烈な熱意だ、ということがわかります。

もちろん「儲けたい」という意識もあったでしょう。

しかし、それだけでは強烈な熱意は説明できません。

「情けは人のためならず」という世界のルールを信じて、
身近なところでこの人生テツガクを実践していけたら
よいな~と思うところです。

■■ 編集後記 ■■

前回(といっても、かなり前)に投稿したブログは、
「最近、朝ドラ『まんぷく』で感動したこと。。」でした。

主人公の立花萬平が、かつて自分をひどい目に合わせた人物を、
心底憎むことができず、再起のために応援したという話。

その後、立花萬平が許した相手が、今度は自分が苦境に陥ったときに
助けてくれました。人生は、廻りめぐってということなのでしょうか。

人と人とのつながりが大事だなと思うものです。

 

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